添乗員ライターがお届けする旅行情報。今回は、東京都中央区日本橋の室町三丁目を起点として、江戸時代から脈々と続く「江戸通り」沿いの歴史と現在の魅力に迫ります。三越前駅のすぐそこに広がるこのエリアは、現代の再開発と歴史的な街並みが絶妙に重なり合う、東京でも唯一無二の散策スポットです。足元の石畳の下には、江戸の大商人たちが行き交った奥州街道のルーツが眠っており、コレド室町のガラス張りのファサードの向こう側には、1673年から続く三井越後屋の魂が宿っています。「歴史は博物館の中にある」というイメージを覆すような、生きた歴史の舞台を紹介します。
日本橋室町三丁目 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| エリア | 東京都中央区日本橋室町三丁目 |
| 最寄り駅 | 東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」駅(すぐ)、JR総武快速線「新日本橋」駅(すぐ) |
| 主なスポット | コレド室町、福徳神社(芽吹稲荷)、日本橋三越本店、三井本館 |
| 江戸通りの延長 | 室町三丁目交差点(起点付近)〜浅草・言問橋西まで |
「江戸時代から歩いてきた道」がいまも続いている

歴史的な街を観光する際、しばしば感じるのが「現代の風景に上書きされてしまい、かつての面影が見えない」という感覚です。東京はとりわけその傾向が強く、関東大震災(1923年)と東京大空襲(1945年)によってほとんどの江戸的景観が失われてしまいました。
室町三丁目と江戸通り沿いのエリアも例外ではありません。現在立ち並ぶビルやショッピング施設は、いずれも20〜21世紀の構造物です。コレド室町テラスが完成したのは2019年のこと。三井ガーデンホテルも比較的新しい施設です。「江戸の面影を感じたい」と期待してこのエリアを訪れると、表面的には拍子抜けすることもあります。
しかしだからこそ、「場所の記憶」を知ることに意味があります。地下を走るJR総武快速線の新日本橋駅の直上にある室町三丁目交差点は、江戸通り(東京都道407号丸の内室町線)の起点と国道6号・国道4号が重複する交差点でもあります。この一点に立つだけで、数百年にわたる道の歴史が交差しているのです。
「室町」という地名に込められた、二つの歴史
日本橋室町という地名は、一見すると戦国時代の足利将軍家に由来する「室町時代」と関係があるように見えます。しかし実際には、二つの説が存在します。
ひとつは、京都の室町通りに倣って名づけられたという説。もうひとつは、江戸時代に大商家の土蔵(「室」)が立ち並んでいたことに由来するという説です。どちらの説も学術的に確定されてはいませんが、「商都・日本橋の中核エリアにふさわしい由来」という点では共通しています。
京都の「室町」と江戸の「室町」
京都の室町通りは、1378年に足利3代将軍義満が「花の御所」と称された室町殿を設けたことで、日本史の「室町時代」という名称の語源となった通りです。京都の呉服商が集まったこの通りとの商流を通じて、江戸の日本橋にも「室町」の名が採用されたという解釈は、商業史的な観点から非常に興味深いものがあります。
1673年(延宝元年)、三井高利は現在の日本橋本町1丁目に間口わずか9尺(約2.7m)の「三井越後屋呉服店」を開きます。仕入先として京都室町に別店を設け、江戸と京都の呉服流通を一手に担っていきました。この「越後屋」が後の三越百貨店の前身であり、現在の日本橋三越本店は、その場所から一筋を隔てた室町二丁目に今日も堂々と建ち続けています。
「現金懸値なし」が変えた江戸の商業文化
三井越後屋が歴史的に重要なのは、単に長い歴史を持つからだけではありません。それまでの呉服商が採用していた「掛け売り・値段交渉」という慣習を廃し、「現金掛値なし(正札販売)」という新商法を導入したことが革新的でした。
「掛け売り」とは、商品をその場で現金払いせず、後日まとめて代金を支払う、いわば「ツケ払い」のことです。顔なじみの裕福な客だけが利用できる仕組みであったため、一見の客や庶民には敷居が高いものでした。さらに「値段交渉」が当たり前だったため、同じ反物でも客によって値段が異なり、交渉が下手な人ほど高く買わされるという不公平がまかり通っていました。越後屋はこの二つの慣習を一気に取り払い、「誰が来ても同じ値段、その場で現金払い」というシンプルな商法を打ち出したのです。現代のスーパーやコンビニで商品に値札が貼られているのはごく当たり前のことですが、その「当たり前」を江戸時代に初めて実現したのが三井越後屋でした。この一店の商法改革が、江戸の消費文化を大きく塗り替えていきました。
江戸通り:奥州街道の大動脈が都市の中を走り続ける

室町三丁目交差点を起点として、浅草の言問橋西まで延びる「江戸通り」は、現代では東京都道407号丸の内室町線をはじめ、国道6号・国道4号が重複する幹線道路として機能しています。
しかしこの道の本質は、その名が示す通り、江戸時代から続く歴史的大動脈です。
奥州街道のバイパスとして整備された近代道路
「奥州街道」とは、江戸(現在の東京)の日本橋を起点に、現在の栃木・福島・宮城・岩手・青森を経て東北地方へとつながる幹線道路です。徳川幕府が整備した「五街道」(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)のひとつで、東北諸藩の大名が国元と江戸を行き来する参勤交代のルートとして、また米や海産物などの物資を運ぶ物流の大動脈として機能しました。東北の支配と防衛を固めるうえでも政治的に重要な道であり、幕府が管理・整備に力を入れた官道です。現代でいえば、東北自動車道と東北新幹線を合わせたような役割を、一本の道が担っていたと考えると分かりやすいかもしれません。
現在の江戸通りの千代田区・中央区区間は、実は明治時代に整備されたものです。江戸時代の奥州街道の本道は、大手門→常磐橋→大伝馬町→横山町→東日本橋→浅草橋というルートをたどっていました。江戸通りはその本道のバイパスとして、明治期に新たに通された道路です。
一方、浅草橋交差点から言問橋西交差点にかけての区間(現在の国道6号)は、江戸時代から続く奥州街道そのものであり、「江戸東京の大動脈」と呼べる歴史性を持ちます。
伝馬制と「伝馬町」の記憶
江戸通りの中ほど、室町三丁目交差点から南東に進んだ先には「小伝馬町」があります。「伝馬(てんま)」とは、幕府が整備した公用の輸送制度のことです。各宿場に一定数の馬と人足(荷物を運ぶ人足)を常備させ、公文書や物資を次の宿場へとリレー式に運ぶ仕組みで、いわば江戸時代の「公用宅配システム」にあたります。馬や人足は宿場の住民が交代で負担する義務(伝馬役)を課されており、これは宿場町にとって重い負担でもありました。幕府の命令や年貢の米、重要な物資が全国に届けられたのは、この伝馬制度が機能していたからこそです。大伝馬町が江戸城から各地の宿場をつなぐ伝馬役所を置いた主幹の宿場町であったのに対し、小伝馬町はその補完的な役割を担いました。「大」と「小」というシンプルな対比に、江戸の物流ヒエラルキーが見て取れます。
この小伝馬町には、もうひとつの歴史的な記憶が眠っています。江戸時代最大の牢屋「伝馬町牢屋敷」がかつてこの地に存在していたのです。敷地面積は約8,600平方メートルに及び、約270年間にわたって数十万人もの罪人が収容されたとされています。現在の十思公園(小伝馬町3〜5丁目一帯)がその跡地にあたり、公園内には江戸時代最初の「石町時の鐘(こくちょうときのかね)」が保存されています。幕末には吉田松陰がここで処刑されており、日本近代史の分岐点の一つでもあります。
馬喰町:馬市から問屋街へ
江戸通り沿いに室町三丁目から北東へ進むと、「馬喰町(ばくろちょう)」に至ります。この地名の由来は、馬の売買・仲介を行う「博労(ばくろう)」の頭、高木源兵衛が住んでいたことにあります。徳川家康が江戸に入府した1590年(天正18年)ごろから府中の馬市がここに置かれ、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦の際には「初音の馬場」で出陣前の馬ぞろえが行われたとも伝えられています。
1657年(明暦3年)の「明暦の大火」後、浅草橋たもとに関東郡代の屋敷が置かれると、地方から訴訟代理人(公事師)が集まり、旅籠屋が急増。周辺の横山町と連携して商人の往来が活発になり、馬喰町は「江戸一番の旅館街」として繁栄を遂げます。その後、旅籠と土産物店が問屋へと転化し、現在の「日本最大の繊維・衣料問屋街」としての馬喰町・横山町の基礎が形成されました。
コレド室町と福徳神社:再開発が「歴史の層」を可視化する

現代の室町三丁目を語るうえで欠かせないのが、三井不動産が推進する「日本橋再生計画」と、その中核を担うコレド室町の存在です。
コレド室町1〜3とコレド室町テラスは、江戸以来の商都としての記憶を現代的な形で蘇らせることを目指した複合施設群です。1673年の越後屋創業から数えれば、この地と三井グループの関係は約350年に及びます。現在の三越本店は重要文化財に指定されており、三井本館とともに「生きた文化財」として室町の街並みに君臨しています。
福徳神社(芽吹稲荷):859年から続く金運の社

コレド室町1と2の間の「浮世小路」の奥に、赤い鳥居が鮮やかな福徳神社が鎮座しています。貞観年間(859〜876年)の創建と伝えられ、江戸時代には太田道灌や徳川家康も参詣したと伝わります。2代将軍・徳川秀忠が参詣した際、椚(くぬぎ)の皮付き鳥居に春の若芽が萌え出でたのを見て「芽吹稲荷」の別名を授けたという逸話も残ります。
江戸時代には幕府公認の富くじ(現代の宝くじに相当)を発行できる数少ない社のひとつとして知られ、金運・商売繁盛のパワースポットとして信仰を集めてきました。現在の社殿は2014年の日本橋室町東地区開発に伴い新たに造られたもので、夜間は仲通りや浮世小路と一体的なライトアップが実施されており、昼夜を問わず訪れる価値があります。
日本橋三越本店と三井本館:「日本の百貨店の始まり」を歩く

日本橋三越本店は、前述の三井越後屋呉服店を起源に持ち、日本最初の百貨店として知られています。現在の本館は1914年(大正3年)に建設が始まり、1935年(昭和10年)に現在の規模に増築されたもので、国の重要文化財に指定されています。
正面玄関ホールの中央に立つ巨大な天女(まごころ)像は、高さ約11メートルという存在感で来館者を圧倒します。館内では現代のショッピングを楽しみながら、随所に残る歴史的な装飾や建築様式を観察することができます。
三越に隣接する三井本館(1929年建設)もまた国の重要文化財であり、新古典主義建築の壮麗な外観は、江戸から続く三井財閥の財力と文化的影響力を今に伝えています。室町三丁目に立ち、この二棟を見渡すだけでも、400年にわたる商都の歴史を一気に体感できます。
合わせて訪れたい、徒歩圏内の歴史スポット
日本橋

室町三丁目から南へ徒歩約5分。1603年(慶長8年)に架けられた日本橋は、五街道(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)の起点であり、現在も「日本国道路元標」が橋の中央に設置されています。橋の上からは、現代に整備された日本橋川と、かつての江戸の水運の豊かさを偲ぶことができます。
常磐橋と旧常磐橋
日本橋から江戸通りを北へ、あるいは日本銀行本店の裏側を歩けば常磐橋公園に至ります。現在の常磐橋は明治時代に架け替えられたものですが、隣接して江戸時代の石橋「旧常盤橋」が修復・保存されています。江戸城の大手門から奥州街道へとつながる歴史的ルートの入り口として、その存在感は格別です。
小伝馬町(伝馬町牢屋敷跡・十思公園)
江戸通りを南東に進み、小伝馬町交差点付近の十思公園は、伝馬町牢屋敷跡の史跡です。吉田松陰が処刑された地として、幕末史に関心を持つ方には特に深い感慨を与えるスポットです。江戸時代の「石町時の鐘」も公園内で見ることができます。
水天宮
常磐橋から南東へ徒歩約15分、または地下鉄で一駅の水天宮前駅直結。安産・子授けの守護神として有名な水天宮は、1810年(文化7年)に有馬藩が江戸に勧請した神社です。現在のビル一体型の社殿は2016年の改築によるもので、歴史と現代建築の融合という点で室町エリアとも共通したテーマを持ちます。
周辺のおすすめ宿泊施設
マンダリン オリエンタル 東京
日本橋三井タワーの38〜38階に位置する、マンダリン オリエンタル ホテル グループ(Mandarin Oriental Hotel Group)日本初の旗艦ホテルです。フォーブス・トラベルガイドで2026年まで12年連続5つ星を獲得し、館内3つのレストランがミシュランの星に輝く「美食の殿堂」でもあります。客室は和モダンのデザインで統一され、すべての部屋から東京の壮大な眺望を楽しめます。東京メトロ三越前駅に地下通路直結で、室町三丁目エリアへのアクセスは抜群です。
三井ガーデンホテル日本橋プレミア
三井不動産ホテルマネジメントが運営する「三井ガーデンホテル」ブランドのフラッグシップ施設です。東京メトロ三越前駅・JR新日本橋駅に地下通路直結という申し分ないアクセスを誇ります。全室20㎡以上の広々とした客室にはバス・トイレ・洗面の三点分離を採用。宿泊者は無料で利用できる大浴場(寝湯付き)も完備しています。加賀料理の老舗「日本橋浅田」プロデュースのレストランも魅力で、江戸情緒あふれる日本橋を歩き回った後の贅沢な休息にふさわしいホテルです。
ロイヤルパークホテル
「Best for the Guest」をモットーに世界のビジネスエグゼクティブから高い支持を受ける国際デラックスホテルです。東京メトロ半蔵門線「水天宮前」駅に直結し、羽田・成田空港直行の空港バスターミナルにも隣接するアクセスの良さが際立ちます。和室を含む多彩な客室タイプ、鉄板焼・和食・広東料理を揃えた充実のレストラン群、日本庭園に面した茶室など、施設の奥行きが深いホテルです。室町三丁目からは地下鉄で2駅と近く、日本橋エリアをじっくりと巡る旅の拠点として最適な選択肢です。
江戸通りと室町三丁目が教えてくれること

「江戸の面影」を追いかけて歩く旅は、壮麗な建造物を眺めるだけではありません。室町三丁目の交差点に立ち、足元の地下で奥州街道のルーツと三越前駅が交差していることを知ったとき、あるいは福徳神社の鳥居をくぐりながら1200年近い祈りの場所に立ったとき~場所の歴史を知ることで、見慣れた都市の風景が「別の顔」を持ち始めます。
三井越後屋が「現金懸値なし」で江戸の商習慣を変えたように、馬喰町の博労頭が関ヶ原前夜に馬ぞろえを行ったように、このエリアの地面にはいくつもの「決定的な場面」が積み重なっています。コレド室町の洗練された空間を楽しみながら、あるいは日本橋三越本店の荘厳なホールに足を踏み入れながら、歴史の層を感じる散策をぜひお試しください。
室町三丁目を拠点に周辺を歩くなら、三越前駅と地下直結で利便性に優れ、大浴場でゆったりとくつろげる三井ガーデンホテル日本橋プレミアは、徒歩圏内に主要スポットが集中するこのエリアとの相性が特に良く、移動の負担を最小限に抑えながら散策を満喫できます。
